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エリア66の防人、クレバーな名手岡田幸文選手が引退を表明

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正直意外だった。もう少し頑張ってくれるのかと思っていた。千葉マリンのライトはエリア66と呼ばれていた。まさに守備職人と呼ぶに相応しい名手だった。その岡田幸文選手が今季限りでの引退を表明した。確かにここ2年間は思うような活躍をまったく見せることができなかった。しかしまだ34歳だっただけに、もう少し岡田選手のプレーを見られるものだと思っていた。


岡田選手は確かに打撃の人ではない。プロ入りしてから1軍でホームランを打ったこともない。本人はこれを気にしていたようで、引退までに1本は打ちたいとも語っている。だが岡田選手の守備力はホームランに値する。岡田選手はホームランによって得点を増やすことはできないが、しかしその守備力によって失点を減らすことができる。これまで投手陣が岡田選手に助けられたことは数え切れないはずだ。そして我々野球ファンも、岡田選手のファインプレーを幾度となく目の当たりにしてきた。

マリーンズファンはもちろんのこと、他球団のファンでさえも岡田選手の守備力には魅了されたはずだ。普通であればヒットになるであろう打球の落下点に対し、岡田選手は一直線に快足を飛ばしていく。当然少しでも目測を誤れば捕球できないわけだが、岡田選手は目測を誤ることはほとんどない。捕れない場合といえば、一直線にチャージしても物理的に打球に追いつけなかった時だけだ。

岡田選手は育成出身の選手だった。2008年の育成ドラフト6巡目で指名されている。ちなみにこの年のドラフトでマリーンズは6人を指名し、育成では8人を指名している。つまり岡田選手はこの年のマリーンズにとって、14人中の12人目ということになる。この順位を考えるだけでも、岡田選手がまさかここまで頑張るとは誰も予測できなかっただろう。

そして岡田選手は指名以前にすでに結婚をしており、お子さんも生まれていた。そのため育成指名された際は、プロ入りを奥様から大反対されたと言う。だがなんとか説得をして、2年間だけやらせてもらえることになった。2年やって支配下登録選手になれなければ潔く辞めるという約束だったようだ。しかし岡田選手はその2年後、支配下登録されることとなり、背番号も132から現在66番に変更された。

育成当時は240万円でしかなかった年俸も、最盛期は推定4,000万円を超える額をもらうようになっていた。岡田選手がプロ入りしても将来の安定のため、決して公務員を辞めようとしなかった奥様もこれにはきっと喜んだことだろう。4,000万円という年俸は公務員を続けたとしても簡単にもらえるような額ではないはずだ。

さて、引退後の岡田選手はどのような身の振り方をするのだろうか。最前なのはやはり外野守備走塁コーチとしてその一流の技術を後進に伝えることではないだろうか。選手会長まで務めた功労者を、マリーンズも簡単には手放さないと思う。いや、これだけの技術を持った人物を簡単に手放してはいけないと思う。例えば何年かのちに福浦和也監督が誕生した際、岡田選手には三塁ベースコーチとして腕を回していて欲しいと思う。

実直な人柄である岡田選手を、引退したからといって簡単にリリースしてしまう理由はない。岡田選手には今後はコーチとして、マリーンズの外野陣を鉄壁と呼ばれるまでに鍛え上げて欲しい。守備力に関してはもちろんのこと、岡田選手は守備における状況判断も一流だった。追いつけないと判断した打球に対しては深追いすることなく、クッションボールを予測して先回りしていることも多かった。つまりただ足が速いというだけではなく、岡田選手は非常にクレバーな名手だったのだ。

その岡田選手の一流の守備を見られなくなると思うと、筆者はそれだけでも秋風の冷ややかさを感じてしまうのである。

2018年09月25日

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