福浦和也選手が戦友松井稼頭央選手の前で達成した2000本安打 - 日刊野球ネイション

福浦和也,2000本安打,首位打者,フランチャイズプレイヤー

福浦和也選手が戦友松井稼頭央選手の前で達成した2000本安打

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1993年、実に今から四半世紀前のドラフト会議において千葉ロッテマリーンズから投手として7位指名されたのが福浦和也選手だった。果たしてこの時、一体誰が福浦選手の名球会入りを予想しただろうか。ちなみにアマチュア時代から完全に地元のみでプレーをして2000本安打を記録したのは、福浦選手と王貞治選手のただ2人のみだという。


習志野高校の当時の石井監督は、投手として指名されたものの福浦選手は打者として勝負すべきだと最初から考えていたようだ。結果的には福浦選手はプロ入り後すぐに左肩を故障してしまい、打者転向を余儀なくされるのだが、石井監督の野球眼は正しかったということが改めて証明されることとなった。

福浦選手が1軍デビューを果たしたのは高卒4年目の1997年だった。この時期はまさにイチロー選手の全盛期であり、1994年からメジャー移籍をする2000年まで、7年連続で首位打者となっていた。ちなみにメジャー1年目でも首位打者になっているため、実際には8年連続ということになる。福浦選手のバッテイングフォームは、そのイチロー選手に少し似ていた。バットの構え方や右足の振り方など、イチロー選手を参考にしたからこそ現在のフォームにたどり着いたのではないだろうか。果たして実際はどうなのだろう。

本格的にレギュラーとして試合に出始めたのは5年目からだった。この1998年から背番号を70から9に改めたわけだがこの年、マリーンズはあの歴史的な18連敗を喫してしまう。この間も福浦選手は試合に出続けていたわけだが、もしかしたらこの時の経験が福浦選手をさらに強くしたのかもしれない。今でこそ不屈という言葉がよく似合うようになった福浦選手ではあるが、この18連敗という経験が、福浦選手の不屈の精神を培ったのかもしれない。

そしてイチロー選手が海を渡った2001年、福浦選手は打率.346という好成績を残し初の首位打者に輝いた。そして首位打者に輝いた17年後の2018年9月22日、福浦選手は地元千葉マリンで行われた西武戦で2000本目のヒットをマークした。福浦選手はどうしてもこの西武戦で記録を達成したかったようだ。

その理由は、ライオンズには松井稼頭央選手という、福浦選手と同学年でプロ同期の選手がいる。2人は試合後に食事をするほどの仲で、共に励まし合いながら今なおプロの世界で戦い続けている。敵同士とはいえ、まさに戦友だ。福浦選手はその松井稼頭央選手の前で2000本安打を達成したいと思っていた。そしてそれを見事実現させた。

小川龍也投手からライトに二塁打を放つと、なんとボールガールでもマリーンズの選手でもなく、ライオンズの松井稼頭央選手が二塁ベース上に花束を持って駆け寄っていった。そして福浦選手を労うかのような抱擁を交わした。ちなみに松井稼頭央選手は一足早く、2015年のイーグルス時代に日本通算2000本安打(日米通算は2009年)を達成している。

全盛期を過ぎると怪我も多くなってしまった福浦選手だが、それでもまだ野球をやめるつもりはなく、2019年も現役を続けることを明言している。今現在は痛めた首を治療するために1軍登録を抹消されているのだが、来季はまた元気な姿でグラウンドに戻ってきてくれるのだろう。

福浦選手は千葉県習志野市で生まれ、習志野高校から千葉ロッテマリーンズに入団した。FA権取得後もマリーンズを出る素ぶりは見せず、まさにフランチャイズプレイヤーと呼ぶに相応しい選手だ。何年後かに引退したら打撃コーチなどを歴任しつつ、将来的には監督としてマリーンズを率いることになるのだろう。

マリーンズのすべてを知る男。福浦和也選手が千葉にいるうちは、マリーンズは何度でも再起できるはずだ。リーグ優勝からは13年遠ざかってしまっている(2010年はリーグ優勝扱いではない)。さらに言えばレギュラーシーズンを1位で終えたのは1974年が最後なのだ。つまりもう44年もの間、マリーンズ(当時はオリオンズ)はレギュラーシーズンを1位で終えることができていない。

果たして福浦選手が現役のうちにこれを達成できるのか、それとも将来の福浦監督がそれを達成させるのか。それはまだ誰にもわからない。だが将来、福浦選手が指導者としてマリーンズを再建してくれるはずだと信じているのは、筆者だけではないはずだ。

2018年09月22日

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