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2016年07月09日

2016年7月9日に約5年振りの1軍復帰登板を果たした由規投手

  • ヤクルト由規投手、2016年7月9日についに1軍復帰登板を果たす!
  • 2011年から現在に至るまでの由規投手は怪我との戦いだった。
  • 怪我をした選手に本当に温かいスワローズという球団。

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東京ヤクルトスワローズの由規投手が、ついに1軍復帰登板を果たした。前回の1軍登板は2011年9月3日で、今日は実に1771日振りの1軍登板だったと言う。昨オフは育成選手契約に切り替えられるという悔しさも味わったわけだが、先日7月5日に支配下登録選手へと戻り、背番号も同時に121から慣れ親しんだ11番へと戻った。そして今日7月9日、由規投手が長いリハビリ生活を経て1軍マウンドへと戻ってきた。


由規投手は高卒プロ1年目の2008年から1軍で投げ始め、3年目の2010年には12勝9敗という成績を残し、エースへの階段を登り始めていた。しかし2011年からは度重なる怪我に泣かされてしまう。脇腹痛、右肩痛、左脛剥離骨折。やはり最速161km/hというボールは、由規投手の体に大きな負荷をかけていたのだろう。179cmと、プロ野球選手としては決して大きくない体が、日を追うごとに悲鳴を上げていった。

右肩は結局は腱板損傷で、2013年にはクリーニング手術も受けている。その後2014年は5試合、2015年は6試合それぞれファームで投げ、150km/hを越すストレートも披露していたが、1軍復帰には至らなかった。2015年はチームが2001年以来のリーグ優勝を果たす中、その輪の中に加われなかったことは本当に悔しかったと思う。だがその悔しさが由規投手を成長させてくれたはずだ。

それにしてもスワローズという球団は、故障に苦しむ投手に本当に優しい球団だ。館山昌平投手や、昔で言えば荒木大輔投手や伊藤智仁投手のことも、簡単に見捨てるようなことはしなかった。今回の由規投手のケースも、2014〜2015年に1軍昇格できなかったことで、整理対象選手に入れらる可能性だってあったはずだ。だがスワローズは育成選手制度を利用することにより、由規投手の復活を信じ続けた。

ヤクルト球団は選手をファミリーとして扱う球団であるわけだが、まさにファミリーに対する温かさで由規投手の復活を待ち続け、そして今夜その復活登板が実現した。

神宮球場に詰めかけた27,871人の観客たちも、きっと感慨深い思いで由規投手に視線を送っていたのだろう。結果としては6回途中6失点(自責5)というほろ苦い復帰登板となったが、前日には「フワフワしている」と緊張の度合いをインタビューで答えている。1軍マウンドが実に5年弱振りなのだ。それだけ緊張したとしても不思議ではない。

だが次戦はきっともう少し落ち着いてマウンドに登ることができるだろう。次戦こそはきっとチームを勝利に導くピッチングを披露してくれるはずだ。由規投手にはもう球速を追い求めるのではなく、チームを勝利に導くピッチングにこだわってもらいたい。

筆者が好きな言葉に「無事是名馬」という言葉があるのだが、野球選手も怪我なくプレーし続けることが一流の絶対前提となる。そういう意味でももう怪我に苦しまないように、体への負担が大きいピッチングスタイルは避け、制球の精度と緩急で打者を翻弄し、少ない球数で勝てる投手に進化して行ってもらいたい。

由規投手はもともと速いボールを投げられるのだから、その球速を多少抑えたとしても並の投手よりはずっと速い。そのパフォーマンスを上手く活かし、緩い変化球とのコンビネーションによって楽に打者を抑える投球術で勝っていって欲しい。筆者が今願うことはまさにそれだけで、とにかくもう肩を怪我して欲しくないのである。





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