西口文也

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2015年10月26日

大和魂を持つ大エース西口文也投手、現役を退く

logo-npb.gif埼玉西武ライオンズの元エース、西口文也投手が2015年限りで現役を退くことになった。西口投手は誰からも愛され、そして憧れられる素晴らしいプレイヤーだった。20年のプロ生活で積み重ねた勝利数は182勝。あと18勝で200勝となり名球会入りを果たせたわけだが、しかし2013年以降は3年間未勝利に終わってしまい、偉業を達成することはできなかった。

偉業といえば西口投手は三度、ノーヒットノーランや完全試合を目前で逃してしまっている。これはライオンズファンならずとも知る人は多いだろう。そして日本シリーズも1997、1998、2002、2004、2008年と5回経験しているが、意外にも勝ち投手になったことはない。西口投手自身このことは心残りだったようだ。97年の自身日本シリーズ初登板では9回1失点という好投を見せたが、しかしスワローズの石井一久投手に完封され、敗戦投手となっている。

ライオンズでチームメイトだった高木浩之選手は以前、「西口は勝たせてあげたいと思えるピッチャー」と何かのインタビューで答えていた。西口投手とはそういうタイプの選手だったのだ。大和魂とでも言うべきか、日本のファンが愛しやすい言動を取るのが西口投手で、その典型的なエピソードとして契約更改への挑み方があった。

西口投手は契約更改時の提示額などへの中身に対し、一切注文をつけない選手だったのだ。球団が提示した金額に対し、何も迷うことなく一発回答でサインをし続けた。そのため大きな活躍をしたにもかかわらず、若い頃はほとんど年俸が上がらないという年もあったようだ。ちなみにライオンズでは潮崎哲也投手がやはり、金額にこだわらずサインをし続けたタイプだ。

2016年からは、西口投手はライオンズのスカウトマンに転身するようだ。そして2〜3年の後、きっと投手コーチとしてまたユニフォームを着ることになるのだろう。これは西武球団の良い伝統の一つだと思う。引退後にいわゆるサラリーマンである編成部に入ることにより、一般社会の一般常識を改めて身につけ、その上でまたユニフォーム組に戻る。

引退後に即コーチ就任して成功する指導者もいるが、しかし知見を広げるという意味では編成部を経験してから再びユニフォームを着るというのは、とても良い流れだと思う。なぜならプロ野球選手の場合、社会人野球から上がってきた選手以外は、ほとんど社会人経験がない状態だからだ。野村克也監督が常々口にされていたように、やはりスター選手であっても一般常識はわきまえておく必要がある。

何年先になるかはわからない。だがいつかきっとライオンズの1軍で西口文也監督と高木浩之ヘッドコーチというコンビを見られる日がやってくるだろう。恐らく将来田辺監督勇退後、潮崎哲也監督へと引き継がれ、その次くらいで西口監督が登板するという流れを作っていくのではないだろうか。そんな日が来るのを筆者は、野球ファンとして首を長くして待ち続けたいと思う。

埼玉西武ライオンズオフィシャルYouTubeより

埼玉西武ライオンズオフィシャルYouTubeより





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