後藤光尊

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2016年12月24日

プロ意識の高かったプロ野球選手、後藤光尊選手が引退を表明

  • NPBでは唯一となっていたブルーウェーブ経験者、後藤光尊選手が引退を表明
  • 後藤光尊選手はプロ意識の高いまさにプロフェッショナルなプロ野球選手だった
  • 将来的にはコーチとして後藤選手のようなハングリーな選手を育てて欲しい

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今オフ、楽天イーグルスから戦力外通告を受けていた後藤光尊選手が引退をすることになった。12球団合同トライアウトにも参加していたが、後藤選手の獲得に名乗りをあげる球団は現れなかった。トライアウトではヒットを打つも詰まりながらのもので、見逃し三振も喫し打つ方ではあまり目立つことができなかった。ただ二塁手としては好守を披露し、まだまだ衰えていない元気な姿を見せていた。


後藤選手は 2002年ドラフト10巡目でオリックスブルーウェーブに入団している。ちなみにオリックスブルーウェーブは2004年オフに近鉄バファローズと合併し、2005年シーズンからオリックスバファローズと名を改めている。現役選手の中でオリックスブルーウェーブのユニフォームを着たことがある選手はふたりだけだったが、後藤選手が引退してしまったことにより、残るはイチロー選手ただひとりとなってしまった。

後藤選手はプロフェッショナルの雰囲気を持った数少ないプロ選手だったと思う。寡黙であり、言葉やマイクパフォーマンスで楽しませてくれることはほとんどないが、数え切れないほどの好プレーでファンを魅了し続けてくれた。ちなみに筆者は後藤選手と同学年であるのだが、それ故に親近感を覚え応援していた。何せ筆者の世代にはプロ野球界にスーパースターがいないのである。サッカー界では澤穂希選手や中村俊輔選手ら世界的なプレイヤーが多く活躍したのだが、プロ野球界に関してはいぶし銀的な選手が多い世代だった。なので筆者は自らのことを勝手に「澤世代」と言っている。

その中で後藤光尊選手は長年レギュラーとして活躍していたため、筆者の記憶にも印象深く残っている。だがタイトルとは縁がなく3割をマークしたのも唯一2011年だけだった。球史に残るプレイヤーだったかと言えば、決してそんなことはない。だが上述したように、玄人受けするプロ意識の高いプレイヤーだったと思う。

身体能力が非常に高い選手であり、2011年には二塁手としてリーグワーストの10失策を記録しているが、これも身体能力が高いが故に他の選手では追いつけない打球にも手が届いてしまった結果だった。同じイーグルスの松井稼頭央選手もライオンズ時代は失策数が多い遊撃手だったが、やはり身体能力の高さ故に失策が多い選手だった。

後藤選手が今オフどこからも声がかからなかったのは、今季の年俸が9000万円と高額だったためだろう。一般的に考えれば9000万円の選手をトライアウトで獲得する場合、さすがに1000万円前後で契約することは体裁上難しい。やはり2000万円前後が交渉ラインになると思うのだが、もし後藤選手自身が1000万円以下でも構わないとアピールしていれば、複数球団が獲得に名乗りを上げていただろう。

だが後藤選手は寡黙な選手だ。スポーツ新聞などを上手く使ってアピールすることもしない。そのため後藤選手の本心を知るためには、実際に後藤選手と交渉の席を設ける必要があった。だがトライアウト後に交渉の席を持ってしまえば、それは獲得の意思があるとすぐに報道されてしまい、そこから獲得を見送るという判断は常識的にできなくなってしまう。

もし後藤選手がもっと前情報を他球団のスカウトマンたちにアピールすることができてれば、後藤選手はもっと長く現役を続けられていたはずだ。例えば千葉ロッテマリーンズの福浦和也選手のような一撃必殺的な代打であったり、衰えを感じさせない守備力、さらには後藤選手の野球への向き合い方などは、どの球団に行ったとしてもその球団にプラスをもたらしたはずだ。

体脂肪率に関して本気で考えないプロ野球選手が多い中、後藤選手はトレーニングによって一桁台を維持し続けていた。やはりアスリートとパフォーマンスを考えていくと、体脂肪率は一桁が望ましい。脂肪は長期的なスタミナにはなるが、瞬発的に利用することはできない。さらには体脂肪は筋肉よりも柔軟性がないため、体脂肪率が高い選手は怪我もしやすいし、コンディショニングも難しくなる。

そういう意味でも後藤選手は引退を決めるまで体脂肪率をアスリートに相応しい数値でキープし続けた。このようなコンディショニングに関しても、若い選手が見習える面が非常に多い。引退後はイーグルスの球団職員になるとのことだが、やはり将来的にはもう一度ユニフォームを着て若い選手たちを叩き上げるコーチになるべきだろう。

ドラフト10巡目指名であっても、努力と結果次第では1億5000万円という年俸を稼げるんだということを、後藤光尊選手は我々ファンに身を持って教えてくれた。ドラフト1位で鳴り物入りでプロ入りしても鳴かず飛ばずの選手も多い中、ドラフト10巡目で1億5000万円の4年契約を勝ち取ったのだ。後藤選手はまさにプロフェッショナルの鑑だった。

いや、だがもしかしたら10巡目という指名順位が後藤選手をよりハングリーにさせ、ドラフト上位指名選手たちに負けたくないという気持ちを駆り立てたのかもしれない。一匹オオカミのようなキャラクターだった後藤光尊選手は、まさに狼のごとくハングリー精神を持ち続けたアスリートだったのだろう。だからこそ38歳という年齢までプロであり続けられた。だが筆者個人の気持ちとしては、後藤選手にはまだまだあと5年は現役を続けてもらいたかった。後藤選手の引退は本当に寂しい。





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