審判,コリジョンルール

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2016年06月21日

いま審判に必要なのは「俺がルールブックだ!」と言える気概

  • 例年以上に選手の判定に対する不満が今季は大きいように感じられる
  • 審判の判定技術は決して低下などしていない
  • 必要なのは「俺がルールブックだ!」と言い切れる審判の気概

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コリジョンルールの影響なのだろうか。今シーズンは選手と審判の信頼関係が大きく揺らいでいるように感じられる。もちろん判定の不服に関しては毎年多数あるわけだが、しかし今季は例年以上に選手が口にする審判への不満が大きいのではないだろうか。先日のタイガース対ホークスの一戦でも、サファテ投手がハーフスウィング判定に対し怒りを露わにしていた。


確かに審判もミスはする。だが選手だって多々ミスをするではないか。そう考えると、今季の選手側からの審判批判はあまり良くないように感じる。もちろん判定ミスが選手の成績を大きく変えてしまうこともあるわけだが、審判だって決して遊びでやっているわけではない。選手同様に1球1球しっかりと集中し、その上で瞬時の判断をしているのだ。

そしてもちろん特定の選手を贔屓することもない。サファテ投手が怒りを露わにした福留孝介選手のハーフスウィングにしても、サファテ投手は「福留だからハーフスウィングを取らなかった」と主張するが、そんなことは決してない。福留選手じゃなかったとしても、まったく同じ状況であれば三塁塁審もスウィングは取らなかっただろう。

ホークス側、三塁側ベンチからはスウィングしたように見えたとしても、三塁塁審はスウィングは止まったと見え、そう判断したのである。そしてこれはビデオ判定をして、本当にスウィングしていたとしても、審判がノースウィングとしたのだから振っていないのである。

この判定の直後に福留選手のコリジョン判定によるサヨナラヒットが飛び出しただけに、サファテ投手の怒りは収まらなかった。だがスウィング判定で冷静さを欠いたサファテ投手は、その時点でベストパフォーマンスを発揮することができない状態になっていたのだから、これはアスリートとしてのサファテ投手のミスだったと言える。

昔は「俺がルールブックだ!」と言い切れる故二出川延明氏のような審判員もいた。大昔の話だ。これは名将三原脩監督の抗議に対し二出川審判員が放った言葉であるわけだが、この頃はアスリート同様に、審判員としての誇りを持っている審判員が多かった。だが近年は選手に負けてしまう審判員が少なくないように感じられる。

審判員の判定技術は決して低下などしていないと思う。寧ろ審判4人制になってからは、ひとりひとりの判定技術は上がっているのではないだろうか。それでも選手側からの不満が大きいということは、それだけ審判側に圧倒的なオーラがなくなっているということだ。審判という職業に誇りを持つ以前に、野球が好きだから審判になった、という方が多いのかもしれない。

近年はビデオ判定やコリジョンルールなど、審判を悩ませる変更事項も多い。だが審判が迷っていては選手も心置きなくプレーすることはできない。だからこそ審判はもっと自らの判定に自信を持って欲しい。判定に対し誰がどんな文句をつけてこようと、最後まで自らの判定に自信を持ち続けて欲しい。

それが例えビデオ判定で覆ったとしても良いではないか。その瞬間はそうだと思い、そう判定したのだから、ビデオ判定で覆ったとしても簡単に謝ることなどせず、「俺にはそう見えた!」と言い切るくらいの気概を持って欲しい。そうすれば選手たちももっと審判を信頼してプレーに集中していけるはずだと、筆者は思うのである。





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