松井秀喜,OB

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2016年02月18日

大御所OBは現役選手や現役コーチをもっと尊重すべきだ

logo-npb.gifプロ野球の春季キャンプも終盤に差し掛かっている。キャンプニュースをチェックしながら筆者がいつも気になってしまうのは、球場にフラリと現れては否応無しに指導を行おうとするOBの存在だ。もちろん選手がそれを求め、コーチも納得しているのならばOBも指導に当たるべきだと思う。例えばジャイアンツの松井秀喜さんのような存在だ。しかし松井さんのように、求められて指導をするOBばかりではない。

選手が一番困るのは「コーチにはこう教わっているのに、OBは違うことを言う」という状況だ。プロのみならず、日本では少年野球の時点からこのような状況が多々見受けられる。本来指導者というのは、選手の迷いを払拭すべき存在でなくてはならない。しかしコーチがそれぞれ違うことを言っていては、逆に選手は迷ってしまうばかりだ。このような状況では、本来伸びるはずの選手も伸びなくなってしまう。

筆者は常々感じてしまうのだが、やはりOBは無闇に指導に当たるべきではないと思う。あくまでも乞われてから指導に当たるべきだ。そうしなれば繰り返すが選手に迷いが生じてしまうし、そもそもチームの正式なコーチの立場がなくなってしまう。野球界は未だ縦社会だ。これは社会人類学者の中根千枝先生が提唱しているように、まさに日本社会の典型でもある。そう簡単にこの形が変わることはないだろう。

つまり大物OBがフラリとやってきて突然指導を始め、チームのコーチが「そういう指導はして欲しくない」と思ったとしても、若いコーチはそれを大物OBに面と向かって言うことはできない。選手にしても同様だ。よほど肝が据わっている選手でない限りは「ノー」とは言えないだろう。

メジャーリーグではこのような光景はあまり見かけない。なぜなら誰もが誰もを尊重しているからだ。OBがしゃしゃり出てコーチの職権を侵すようなことは、少なくとも筆者はほとんど見かけたことはない。もちろん乞われれば指導するわけだが、そうじゃない限りは進んで指導をすることは少ないのではないだろうか。

そもそも日本のプロ野球界は現役を退いた後、野球界にしがみつき過ぎではないだろうか。求められて球界に残っているという形は理想ではあるが、しかし求められてもいないのに評論家という形でズカズカと現役の場に入っていこうとする。評論家が仮に、最新の野球技術や野球科学を日々学んでいるのなら話は別だ。だがそのような評論家は数少ない。

もちろんOBの存在は尊重すべきだと思う。だがOB側も現役選手やコーチを尊重すべきだ。お互いに尊重し合ってこそ良い関係を構築することができる。だが少なくとも現状のように、求められてもいないのに強引に教えたがるという行動は控えるべきだと筆者は考えている。あくまでも求められてから指導に当たるべきなのだ。

50代以降のOBがプレーしていた頃と比べると、現代は野球技術や野球科学は驚くほど進歩している。果たして評論家という枠組に入っている大御所OBの中で、何人がそれらをしっかりと学んでいるのだろうか。逆に最新の野球技術の存在を知らずに、経験則だけで教えたがるOBが何人いることだろう。いや、もちろん経験則というのは失うべきではない球界の財産であるわけだが、それのみでコーチングを行ってはいけないのだ。

もう一度言うが偉大な功績を残してきたOBたちの存在は尊重すべきだ。だがOBも現役選手やコーチを尊重しなければならない。お互いに対する尊重があるからこそ、良好な関係を築き上げることができるのだ。筆者は今後の野球界がプロアマ問わず、そのような良好な形に進化してくれることを心から祈っているのである。






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