テリーコリンズ,ニューヨークメッツ

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2015年11月03日

名将テリー・コリンズ監督、短期決戦の難しさに散る

logo-mlb.gif今年のニューヨーク・メッツは久しぶりに強かった。メッツは2011年以降テリー・コリンズ監督が指揮を執っている。コリンズ監督と言えば2007年から2008年の途中まで、オリックスの監督を務めていた人物だ。

オリックスの監督としては良い成績を残すことはできなかったが、しかし当時のオリックスは難しい時期にあるチームだった。2004年オフにオリックスが近鉄バファローズを吸収合併したばかりで、まだ一つのチームになり切っていなかった。名将仰木彬監督であっても、2005年は4位という成績で終わっている。

コリンズ監督は2006年の中村勝広監督を挟み、2007年からオリックスの指揮を執った。しかし2008年5月、成績不振により辞任している。だがこれはコリンズ監督に能力がなかったわけではない。当時のオリックスというチームは、ある意味では誰が監督を務めたとしても難しいチームだったのだ。仮に仰木監督が存命であったとしても、仰木マジックが通用していたかはわからない。

ちなみに今の金子千尋投手があるのは、リリーバーだった金子投手を先発に転向させたコリンズ監督の起用が大きい。その他にも今はもう現役を退いた選手も含め、コリンズ監督の起用法により活路を見出せた選手は実は非常に多いのだ。そういう意味では選手を活かすのが非常に巧い名将だった。

オリックス監督の辞任後、コリンズ監督はWBCで中国代表チームの監督を務めた。その後はアメリカでアマチュア選手の指導などを行い、2010年にメッツのマイナーチームを統括するフィールドコーディネイターに就任すると翌2011年、メッツの監督を任されることになった。元々育成には定評のあるコリンズ監督だったため、球団としてはFAに頼るのではなく、後々は選手を育てて勝つというシステムをコリンズ監督によって作りたかったのではないだろうか。

MLB.COM オフィシャル動画サイトより

メッツ監督就任後、昨年までの4年間は一度も貯金を作ることができなかった。2位になった昨季でさえ、4つの負け越しでシーズンを終えている。しかし今季はナ・リーグ東地区で2位に7ゲーム差を付けて地区優勝を果たした。

プレーオフではまずディビジョンシリーズでドジャースを3勝2敗で打ち破った。そして続くナ・リーグのリーグチャンピオンシップシリーズではカブスを4勝0敗とスウィープしてしまう。これにより「ミラクルメッツ」の再来かとも騒がれたが、しかしこのスウィープがメッツに隙を生んでしまった。

そして一度隙が生まれてしまったチームを、ポストシーズン経験がないコリンズ監督が短時間で立て直すことは難しかった。カブスとの戦いまでは上手くいっていたことが、ワールドシリーズではことごとく躓いてしまう。キャプテンのらしからぬエラーが生まれたり、走塁ミスもあり、リーグチャンピオンシップシリーズまでは安定していた守護神ファミリア投手が不調に陥ったり。まるですべてが相手ロイヤルズの味方をしているような流れとなってしまった。

その象徴的な結果として、1勝4敗となった4つの負けは、すべてが逆転負けだった。メッツがもし普段通りの野球をしていたならば、野球は先制したチームに分があるスポーツであるため、きっとメッツがワールドシリーズを制していただろう。だがみすみすロイヤルズに主導権を譲ってしまい、メッツは勝ち切ることができなかった。

ここが育成を得意とするタイプの監督の痛いところだろう。しかもコリンズ監督は初めてポストシーズンで指揮を執った。短期決戦の経験が浅かった分、コリンズ監督はチームを立て直すことができないままワールドシリーズを終えてしまう。だがこの経験はコリンズ監督とメッツにとっては大きな財産となるはずだ。チームとしても、日本流に言えば「勝って兜の緒を締めよ」と改めて実感したはずだ。

コリンズ監督とメッツにはこの経験を活かし、来季こそはワールドシリーズ制覇を目指してもらいたい。前回メッツがワールドシリーズチャンピオンに輝いたのは1986年のことだ。もうほとんど30年前の出来事となる。あまりにも優勝から遠去かり過ぎているため、来季こそは二度目の挑戦としてチャンピオンズリングを手にしてもらいたい。





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