イチロー,移籍,トレード

トップページ > ナ東 マイアミ マーリンズ,イチロー
2016年08月20日

ヤ軍移籍時にイチロー選手が求めた刺激とは何のことだったのか?

  • 2012年7月23日、イチロー選手がヤンキースへ電撃移籍
  • 移籍の際、イチロー選手が求めた刺激とは何だったのか?
  • マリナーズとヤンキースの団体スポーツに於ける違い

ichiro20160820.jpg

もうずいぶん前の話になるが2012年7月23日、イチロー選手はD.J.ミッチェル投手とダニー・ファーカー投手との2対1のトレードで、シアトル・マリナーズからニューヨーク・ヤンキースへと移籍した。この時イチロー選手は「僕自身環境を変えて刺激を求めたい、という強い思いが芽生えた」と話していた。ではイチロー選手が求めた野球選手としての刺激とは、一体どのようなものだったのだろうか?


まず考えられるのは、当時のマリナーズがほとんど毎年のように地区最下位に沈んでいたという点だ。やはりアスリートである限り、勝てないチームよりは勝てるチームでプレーをしていた方がモチベーションを維持しやすい。反面2012年のヤンキースは地区優勝を果たしており、ワイルドカードを含めれば4年連続でプレーオフに進出している時期だった。だがそれがイチロー選手が求めた刺激だったとは筆者は思っていない。

さて、強いチームというのは常に緊張感がある中でプレーし続けている。ミスをしたとしても妥協をすることがなく、どんな時であってもその状況下に於けるベストパフォーマンスを心がけている。逆に弱いチームというのは状況下はそれほど踏まえず、自分自身にとってのベストプレーを目指す選手が多い。

マリナーズというチームは、もちろん監督によっても変わるわけだが、目まぐるしくサインが出されることは比較的少ない。そのため足の速い走者にはグリーンライトが与えられ、自由に盗塁を狙っていいと伝えられる。日本のプロ野球にも同じことが言えるわけだが、選手任せにすることが多いチームというのは一時的に勝つことができたとしても、毎年のように勝ち続けることはできない。

ヤンキースの場合はとにかく制約が多い。1球ごとに目まぐるしくサインが出されるケースも多い。つまりプレー1つ1つを選手任せにするのではなく、ブロックサインによって監督が明確な方向指示を出している。そのためチーム全体が常に同じ方向を目指してプレーすることができるのだ。

逆に選手任せにしてしまうチームの場合、チーム全体で同じ方向を向いてプレーすることはできない。そのため一人一人の打者が線として繋がることができず、「打線」を形成することもできなくなってしまう。するとヒットはたくさん打っているのに、なぜか得点数は少ないというチグハグな状況に陥ってしまう。

イチロー選手が「僕自身環境を変えて刺激を求めたい、という強い思いが芽生えた」と語った際、筆者がまず思ったことは上述したようなことだった。マリナーズに於けるイチロー選手はもはや特別な選手であり、グリーンライトも当然のように与えられていた。

ヤンキース移籍後もイチロー選手はグリーンライトを与えられていたと報じられていたが、しかしそれはノーサインの時だけに限り、グリーンライトによって走ることができる状況は、マリナーズ時代よりははるかに少なかったはずだ。

イチロー選手が求めた刺激とは、チームが1つになる、ということだったのではないだろうか。スター選手が自由にプレーできるような環境ではなく、スター選手であっても細かくサインを出されることがあり、それによってチーム全体が同じ方向を向いてプレーできるようになる状況、それを移籍前のイチロー選手は求めていたのではないだろうか。

野球もベースボールも団体競技だ。どのチームにも素晴らしい能力を持った選手は大勢いる。それでも勝てるチームと勝てないチームがあるのは、そのチームが団体スポーツのチームとしてしっかり1つにまとまっているか否か、という違いだと筆者は考えている。

イチロー選手の場合、WBCで最高のチームでプレーをした経験を持っている。イチロー選手が参加し、日本が優勝した時のチームほど1つにまとまったチームもそうそうなかったと思う。スター選手たちが9人集まって1つになるというのは、口で言うほど簡単なことではない。ましてやメジャーリーグならばなおさらだ。

それでもヤンキースというチームは伝統的に1つにまとまる力を持っていた。もちろんイチロー選手がヤンキースに加入した頃はまだデレク・ジーター選手の存在があり、ジーター選手のキャプテンシーによってスター軍団が1つにまとまっていたと言うこともできる。恐らくイチロー選手はジーター選手が強力に牽引するチームの、歯車の1つになってみたなかったのではないだろうか。

マリナーズ時代のイチロー選手は歯車の1つというよりは、寧ろ大車輪だった。イチロー選手のチームだった、と言っても決して過言ではないだろう。イチロー選手にとっては都合の良いそのような状況も、イチロー選手がモチベーションを保つためにはデメリットとなり得る。だからこそイチロー選手は車輪ではなく、歯車になれるチームへの移籍を求めたのではないだろうか。

イチロー選手は決して優勝したいからヤンキースに移籍したわけではないと筆者は考えている。優勝したいという思いは、マリナーズ時代もヤンキース時代も、そしてもちろんマーリンズでプレーする今も変わりないはずだ。違うのは各チームが、どのようにしてチームを1つにしようとしているのかという、その手法と取り組み方だ。その違い、違いによる刺激を求め、2012年のイチロー選手は移籍を志願したのだと筆者は当時感じたのである。





日刊野球ネイションの記事はすべて筆者ことKazuが個人見解の元、すべてオリジナルで作成いたしております。無断転載はお断りしておりますので、転載・転用をご希望の方は必ずご一報くださいませ。ご協力よろしくお願いいたします。
日刊野球ネイション
Copyright(C) 2015-2016 日刊野球ネイション All Rights Reserved.