マニー・ラミレス,高知ファイティングドッグス,ザック・コルビー

トップページ > メジャーリーグ
2017年01月21日

マニー・ラミレス選手はなぜ日本の独立リーグ入りを選んだのか

  • メジャーのスーパースター、マニー・ラミレス選手が日本の独立リーグへ!
  • なぜ北中米の独立リーグではなく、日本の独立リーグだったのか?!
  • その答えはラミレス選手の野球少年のような心に隠されている?!

logo-mlb.gif

すでに多くのスポーツニュースで伝えられているとは思うが、あのマニー・ラミレス選手が高知ファイテイングドッグスでプレーすることになった。このニュースには当然筆者も非常に驚いてしまった。なぜ北中米の独立リーグではなく、日本の独立リーグを選んだのだろうか。貰える年俸だって恐らく多くても300万円前後であることから、少なくとも収入目当てで高知入りしたのではないことだけは確かだ。


2016年にファイティングドッグスでプレーをしていたザック・コルビー選手がラミレス選手と親交があり、ラミレス選手はコルビー選手を介してファイティングドッグスに売り込みを行なったようだ。しかしその売り込みをコルビー選手を介して昨年11月に耳にした梶田宙社長は、最初それを何かの冗談だと思ったようだ。

確かにそれが普通の反応だ。世界中の野球ファンがその名を知るマニー・ラミレス選手が、NPBではなく四国アイランドリーグplusにやってきたのだから、耳を疑うのが自然な反応だ。だがその売り込みは結果的には冗談ではなく、今季2017年、ラミレス選手は実際にファイティングドッグスの選手としてプレーすることになった。

ラミレス選手はなぜ高知入りを決めたのか?その真相は今はまだ誰にもわからないわけだが、筆者が注目したいのはドミニカ共和国の大先輩であるフリオ・フランコ選手の存在だ。フランコ選手も2015年には石川ミリオンスターズの選手兼任監督としてプレーをし、56歳という年齢で.314という数字を残している。そのフランコ選手の記録を、ラミレス選手は参考にしたのではないだろうか。

ラミレス選手は野球少年がそのまま大人になったような選手で、ボストンでもその子どもっぽい言動が時に批判されることも少なくなかった。つまりラミレス選手は純粋に野球が好きなだけなのだと思う。一時はドーピング検査で陽性となりプレーをする場を失ったり、マイナーリーグでプレーをする期間も長くあった。2015年にはシカゴ・カブスの打撃コンサルタントとしてフロント入りした経歴も持っている。

ドミニカ共和国には日本のような厳密な戸籍がないため、年齢はあくまでも自称ということになっている。そのためNPBでも過去ドミニカ選手の年齢問題には何度も苦労させられている。フリオ・フランコ選手もそのうちの一人だった。公称となっている年齢であるとすれば、ラミレス選手は今年45歳になる。

45歳という年齢とブランクを考えると、さすがのラミレス選手であってもNPBでは通用しないと感じたのだろう。だが日本の独立リーグであればフランコ選手の例もあるように、全盛期を昔に通り過ぎている選手であっても活躍できるという事例がある。もしフランコ選手の前例がなかったとしたら、果たしてラミレス選手は本気で来日を考えただろうか。

ではなぜ北中米の独立リーグではなく、日本だったのか?その真相も今はまだわからないが、筆者が想像するに、ただただ純粋に野球を楽しみたかったのではないだろうか。北中米の独立リーグであれば、メジャー時代にラミレス選手を追い駆けたマスコミも、また簡単にラミレス選手を追い駆けられるようになる。そして活躍できなければ大げさに叩くメディアも出てくることが考えられ、ラミレス選手自身それを耳にする機会も当然増えていく。

だが日本であれば、ラミレス選手は当然日本語は理解できない。ニュースを聞いても、新聞を読んでも理解することはできず、褒められても叩かれてもそれを気にする必要もなくなる。なんのプレッシャーもなく、なんのストレスもなく、ラミレス選手はただただ最後に野球を楽しみたいだけなのだと筆者は考えている。

四国アイランドリーグplusには失礼な表現とはなるが、高校や大学でガッツリ野球に打ち込んだ選手が、卒業後に草野球を楽しむような感覚で、ラミレス選手は高知入りを希望したのではないだろうか。いろいろ考えてみても、筆者にはそれ以外にラミレス選手が高知入りを希望した理由が見つからない。

ちなみにラミレス選手は2011年か2012年だったろうか、一時ホークス入りの噂も取り沙汰されていた。この時は結局話は流れてしまったようだが、ホークスのフロントはラミレス選手にアプローチを試みていたと言われている。その頃であればラミレス選手はまだ40歳前後で、トップクラブからのブランクもほとんどない状態だった。そのためもしホークス入りが実現していたとしたら、ラミレス選手はある程度の成績は残せていただろう。

ラミレス選手は鋭い軸回転でバットをもの凄い速度で振り、しかもバットスウィングも非常にコンパクトな選手だ。よほどの外角にバットを伸ばす時以外は、ノブ(グリップエンド)が体から遠ざかることがない。そして変な外角に手を出さないからこそ四球も多く、ホームランバッターでありながら、ハイアヴェレージを何度もマークしている。

もし全盛期にグリーンモンスターが立ちはだかるボストンではなく、例えば気圧の高いコロラドなどでプレーをしていれば、もしかしたら700本塁打くらいは打てていたのではないだろうか。555本塁打でももちろん本当に凄まじいわけだが、しかしグリーンモンスターがいなければもっと打てていたはずだと筆者はつい想像してしまうのであった。





日刊野球ネイションの記事はすべて筆者ことKazuが個人見解の元、すべてオリジナルで作成いたしております。無断転載はお断りしておりますので、転載・転用をご希望の方は必ずご一報くださいませ。ご協力よろしくお願いいたします。
日刊野球ネイション
Copyright(C) 2015-2016 日刊野球ネイション All Rights Reserved.